―幼児期の母語が、これからの学びの土台になる―
子どもたちが大人になる頃、社会は今よりもさらに大きく変化しているでしょう。
AIを使えば外国語を瞬時に翻訳でき、分からないことを質問すれば、すぐに答えが返ってくる。文章や画像を作ることさえ、AIが手伝ってくれる時代になりました。
では、そのような時代に子どもたちに必要な力とは何でしょうか。
私たちは、その一つが「自分の言葉で考える力」だと考えています。
そして、日本語を母語として育つ多くの子どもたちにとって、その土台になるのが、幼児期に育てる「日本語で考える力」です。

次の英語教育で注目される「母語」の役割
2030年度以降の次期学習指導要領に向けて、現在、文部科学省ではさまざまな議論が進められています。
その中で私が特に注目しているのが、外国語教育における「母語」の役割です。
これまでの英語教育では、「できるだけ英語を使うこと」が重視される傾向がありました。
しかし、現在の議論では、母語は単に「英語が分からないときに補助的に使う言葉」ではなく、物事を理解し、自分の考えを整理し、発信するための思考の道具として捉えられています。
これは、とても大切な視点だと思います。
外国語を使って何かを伝えようとするとき、その前に必要になるものがあります。
それは、
「私は何を伝えたいのか」
「なぜそう思うのか」
「相手にどのように説明したら伝わるのか」
を考える力です。
英語の単語や文法をたくさん知っていても、自分の中に「伝えたい考え」がなければ、豊かなコミュニケーションにはつながりません。
だからこそ、英語教育と日本語教育を対立させる必要はないのです。
むしろ、日本語で十分に考えられる力を育てることが、将来、英語をはじめとする外国語で考えを伝えるための土台になると私たちは考えています。

「日本語が大切」という話ではありません
ここで誤解してほしくないのは、「英語より日本語の方が大切」という話をしているのではないということです。
これからの子どもたちは、さまざまな言語や文化を持つ人たちと関わっていくでしょう。英語をはじめとした外国語を学ぶことは、これまで以上に重要になると思います。
外国語を学ぶことで、日本語とは異なる物事の捉え方に出会うこともできます。
一つの物事を別の言語から見る。
そこから、
「日本語ではこう考えていたけれど、別の見方もあるんだ」
と気付く。
こうした経験は、子どもの思考をさらに豊かにしていきます。
つまり、
母語で考える力を十分に育てる。
その上に外国語という新しい視点を加える。
この二つは対立するものではなく、つながっているのだと思います。

AI時代には「答える力」より「考える力」が問われる
そして、この問題は外国語教育だけではありません。
生成AIの急速な進歩によって、これからの教育では「知っていること」だけの価値は相対的に小さくなっていくでしょう。
AIに質問すれば、たくさんの情報を集め、文章にまとめてもらうことができます。
しかし、
「そもそも何を知りたいのか」
「AIの答えは本当に正しいのか」
「自分はその答えをどう考えるのか」
「別の考え方はないだろうか」
という部分は、人間が担わなければなりません。
AIが答えを作ってくれる時代だからこそ、答えを受け取る側の思考力が、これまで以上に重要になるのではないでしょうか。
その思考を支えているものの一つが「言葉」です。
頭の中で比べる。
理由を考える。
順序を整理する。
相手の立場を想像する。
自分の気持ちを言葉にする。
「もしこうだったら」と仮定する。
これらの思考の多くは、言葉と深く結びついています。
だからこそ私たちは、AI時代になればなるほど、幼児期に豊かな母語を育てる意味は大きくなると考えています。

幼児期の「日本語で考える」とは何をすることなのか
では、幼児期に日本語で考える力を育てるとは、難しい言葉をたくさん覚えさせることでしょうか。
そうではありません。
たとえば子どもが公園でどんぐりを拾ったとします。
「どんぐりだね」で終わることもできます。
しかし、
「こっちとこっちは、どこが違う?」
「仲間に分けるとしたら、どう分ける?」
「どうしてこっちの方が重いと思ったの?」
「このどんぐりはどこから落ちてきたのかな?」
「もし木の実が全部同じ形だったらどうだろう?」
こんな会話が加わると、単なる体験が「考える体験」に変わります。
比較する。分類する。推測する。理由を説明する。仮定する。
小学校受験の問題にもつながる力ですが、本来は受験のためだけに必要なものではありません。
これから子どもが学んでいく、算数、国語、理科、社会、そして外国語。さらにはAIを活用して何かを生み出すときにも必要になる、思考そのものの基礎です。
大人が「答え」を与えすぎないことも大切です
もう一つ、幼児期だからこそ大切にしたいことがあります。
それは、大人が先回りして答えを与えすぎないことです。
子どもが考えている途中で、
「こうでしょ」
「違うよ」
「こうすればいいの」
と答えを与え続けてしまうと、子ども自身が言葉を使って考える時間が少なくなってしまいます。
すぐに正解が出なくてもいいのです。
「どうしてそう思ったの?」
「もう少し教えて」
「他の方法はあるかな?」
と問いかけ、子どもが自分の言葉を探す時間を待つ。
言葉に詰まったり、うまく説明できなかったり、考え直したりする。
その時間そのものが、思考を育てています。
キッズさくらカレッジ幼児教室が大切にしている「トライ&エラー」も、ここにつながっています。
英語を早く教えるか、日本語を大切にするか、ではありません
幼児期の英語教育について、「何歳から始めればよいですか」と聞かれることがあります。
もちろん、幼児期に英語の音や外国の文化に触れることには大きな意味があります。楽しみながら外国語に親しむ経験も素晴らしいものです。
ただし、私たちが忘れてはいけないのは、英語教育を早く始めることと、思考する力を早く育てることは同じではないということです。
英語を学びながら、日本語でもたくさん会話をする。
体験したことを言葉にする。
「なぜ?」「どうして?」を一緒に考える。
絵本を読み、登場人物の気持ちを想像する。
自分の考えを話し、大人がそれを聞く。
こうした日常の積み重ねによって、子どもの中に「考えるための言葉」が蓄積されていきます。
その豊かな土台の上に英語という新しい言語が加わったとき、子どもの世界はさらに広がっていくのだと思います。

「何語を話せるか」の前に、「何を考えられるか」
これからの子どもたちは、私たち大人が経験したことのない時代を生きていきます。
AIが外国語を翻訳してくれる。
AIが文章を書いてくれる。
AIが問いに答えてくれる。
そんな社会だからこそ、教育で考えなければならないことがあります。
その子自身は、何を考えるのか。
私はここが、とても重要だと思っています。
英語が話せることも大切です。
AIを使えることも大切です。
しかし、その中心にはいつも「自分」がいます。
何を不思議だと思うのか。
何を知りたいと思うのか。
何を大切だと考えるのか。
相手の意見を聞いて、自分の考えをどう変えるのか。
そして、自分の考えをどのような言葉で相手に伝えるのか。
その原点は、幼児期の毎日の会話の中にあります。
だから私たちは、小学校受験のためだけではなく、その先の学びを見据えて、子どもたちが自分の言葉で考え、自分の言葉で伝える経験を大切にしていきたいと考えています。
外国語を学ぶ時代だからこそ、母語を豊かにする。
AIを使う時代だからこそ、自分の頭で考える。
一見すると逆方向に見えるこの二つは、実はこれからの教育を考える上で、同じ方向を向いているのではないでしょうか。
幼児期に育てたいのは、たくさんの「正解」を知っている子ではありません。
言葉を使って考え、試し、間違え、もう一度考え、自分なりの答えをつくっていける子。
私たちは、その力こそが、これからの時代を生きていく子どもたちの大切な土台になると考えています。

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